HSPワーママの散歩道

HSP気質のワーママによる徳を積む日々の記録

健全な脳みそ

HSP気質です。祖父も母もそうでした。父はHSPではないですが癇癪持ちです。自分はHSP+癇癪持ち。いいところもあるはずなのに、四十路を目前に控えて未だに繊細な精神で疲れます。

感受性と自意識が時として思春期並みに過敏になりつらいです。いわゆる中二病というやつでしょうか。もう死語でしょうか。いつもではないのですが引っ込み思案で疲れます。(かつて明るくテンションが高めの人が正しいと思い、長らくそのように振舞ったり、そのような人といるように努力してきたので、そのギャップでなおさら引っ込み思案の不思議な人になりました)脳みそのどこかで常に状況を捉えて分析して自分を批判して疲れます。感受性が強いのにアウトプット先がないんだな。それで自家中毒を起こしています、いつも。

脳みそのある部分がいつもそんな状態でもったいないなと思います。常に全力で目の前のことに集中できたら自分のパフォーマンスはもっと上がるのかも。脳みその40パーセントくらいは常に自分を責めてる気がします。なぜ。自分も人も嬉しくない状況ですね。この40パーセントを自意識じゃないところに持っていくとか、ネガティブシンキングによるポジティブな結果を生み出すとか、前向きなものに使いたいです。脳のくせなんだな。変えたい。

家族と美味しいご飯やお酒をいただいているとき、最高に幸せです。普段の自分をもっとフラットにして、幸せの底上げをしたいです。脳トレしたいです。

徳を積む

徳とは、学問を修め精神をみがき、人格を高めるよう努力することによって得た、自らを高め、他を感化する精神的能力。

HSP気質の私が仕事に復帰して2ヶ月が経ちました。次にどこに進みたいのか、手探りしながら日々の業務を手当たり次第に行っています。収入を得るために働いているというのが正直なところで、若い頃の夢や希望や承認欲求や、そういったもののために働いているという感覚は残念ながらありません。

収入を得る以外で目的があるとしたら、徳を積むために働いている状態です。この2つの理由があれば十分ですね。一日一日見通しも立てるけれども限られた時間でやれることはやはり限られている。いい意味で諦めて、やれるだけのことを精一杯やりたいと思います。

人生の目的は満足感を得ることだという説もあります。時間が限られている中で満足感を得るにはどうしたらよいか、それも課題です。